真の部分には垣根はない
- 2015年09月18日
- 心の学び
うわ!なんか泣ける( ; ; )
容姿や性別や人種や年齢、信じる神様。
身体は所詮、ただの容れ物で。
人の真の部分には何の垣根もないんだね。
キスする「骨」2人の正体にハッとする
巨大ディスプレーに映し出されたのは、愛し合う2人の「骨」。
その正体とは……。愛に性別も、人種も、障がいの有無も、年齢も、宗教も関係ない。
そんなメッセージがこめられた動画です。
まずは自分のケア ありのままの自分を好きになることから・・・
うわ!なんか泣ける( ; ; )
容姿や性別や人種や年齢、信じる神様。
身体は所詮、ただの容れ物で。
人の真の部分には何の垣根もないんだね。
巨大ディスプレーに映し出されたのは、愛し合う2人の「骨」。
その正体とは……。愛に性別も、人種も、障がいの有無も、年齢も、宗教も関係ない。
そんなメッセージがこめられた動画です。
ほんとうはね。
家族や身近な人に「迷惑をかける」「いやな想いをさせる」
・・・なんて。
思い込んでるのは、実は「自分」だけかもしれないよ?
嫁だから。
母だから。
妻だから。って
「こうあるべき!」「ちゃんとしなきゃ!」という価値観。
あなたの自由を奪っているのは社会の「仕組み」でもなく、「親の育て方」でもなく。
実は「自分自身」の価値観(おもいこみ)だったりしませんか?
家族(身近な人たち)は、あなたが自由に!生き生き!のびのび!生きていくことを望んでいるのだとおもいますよ?
だって「愛している」から。
愛する「あなた」が幸せになることを
昨日「私は迷ったら大抵『やる』を選択する」という記事を書きましたが。
↓↓↓
http://omoi-no-iro.pupu.jp/blog/?p=1153
思いのほか質問メッセージなどいただきましたので(興味をもっていただきありがとうございます)ちょっと追記を 笑
(あくまでこれは私のスタンスで、別に「これが正しい」と言っているわけではないことをご理解ください)
迷ったら「やる」
というのは、言い換えると「現状維持をしない」ほうを選ぶ。
ということです。
「アクションを起こすほうを選択する」ようにしているので
たとえば、新しいなにかを始めようか?やめようか?なら「始める」を選択するし。
今まで続けてきたことを「続けようか?やめようか?」迷ったら「やめる」を選択するようにしています。
潜在意識というやつは「いままで通り」を好むので、よくも悪くも「変わる」ことを恐れます。
なので「継続する」ほうに心傾きそうになりますが、あえて「迷ったらやめる」を選択するようにしています。
昨日も述べたように、
どっちを選択しても大きな「流れ」からは反れることはナイ!と、私は信じていますので(私はね 笑)
「やめる」を選択しても「やらなければならない流れ」なら否が応でも戻されると思っています。
戻された時はあきらめて潔く「受け入れる」 笑
そして継続する。
なので浅田真央ちゃんの「迷ったらやる。これが私のルール」とはちょっとスタンスが違うかもデス 笑
“Insanity is doing the same thing over and over and expecting different results”
同じことばかり繰り返しているのに、今までと違う結果を期待するのは狂気の沙汰だよね

Byアインシュタイン
この言葉も私は好きです☆
「私はなにかを『やるか?やめるか?』と迷った時には、大抵『やる』を選択する。」
そんな話題が、教え子ちゃんとランチしているときに出ました。
私は迷った時には「アクションを起こす」方を選択するようにしています。
なんでか?
そもそも「迷う」ということは「選択の余地がある(どっちか選ぶことができる)」ということで。
実のところ本当は「どっちでもいい」わけです。
だって選択の余地がなければ、そもそも「迷う」ことはできませんよね?
選択できないんですから 笑(当たり前)
たとえば「新しい世界の学びに飛び込む」
やるかorやめるか?
とても興味がある。わくわくもする。
でも…本当に私にちゃんとやれるのか?なんのためにするのか?
そんなことをしてお金や時間は無駄になってしまいはしないか?
やりたいけど…さまざまなリスクが頭をよぎり…ブレーキがかかる。
私もあります。そういうこと。
でも「迷う」ということは、その学びにかける「お金」や「時間」はちゃんと「有る」わけです。
そもそも物理的に無理!な状況だったら悩み・迷う権利さえありませんからっ!笑
この「リスク」(と思っているもの)は、自分の経験や価値観から出来上がった、単なる「思い込み」でしかないのです。
だから本当は無意識レベルでは、やるもやらぬも「どっちゃでもいい」わけ。
脳みそ(思考)がゴチャゴチャ「やばいんでね?」って騒いでるだけで 笑
なんのためにやるのか?
「興味があるから」「わくわくするから」理由なんでそれでいいじゃない♪
「心」が望むことを選択する。それでいいと私は想うわけです。
ちゃんとやれるのか?
わくわくしてたら、楽しくて楽しくて、止められてもやっちゃうでしょ♪
それに「好きこそものの上手なれ」ってね。
好きでやり続ければ、磨かれて洗練されて最初には思いもよらなかった「何者か」になるかもしれない。
私は「ウェブデザイナー」「ジュエリークロッシェの先生」「セラピスト養成講師」と諸々資格をとって仕事にしてきましたが。
どれひとつとして「仕事にしよう」と思って学び始めたものはありません 笑
全部「面白い」「楽しい」から始めたものばかりです。続けてたら結果的に仕事になっただけ。
でも面白いことに「やる」を選択しても、思うように行かなくなったり、物理的に「無理」な状況になったりすることもあります。
そういう時は「あ~こりゃやるなってことだな。流れに逆らっちゃったな」と、潔く受け入れて、手放すようにしています。
執着は「苦」を作り出しますから。そこはなるべくあっさりと 笑
失敗したとは思わない。大きな流れ、力に軌道修正してもらったんだな~。と捉えます。
だからとにかく「やってみる」。
それでちゃんと「流れ」通りならうまくいくし、いかなかったとしても「流れ」からは反れることはナイ!のだ。
と、私は信じています。(私はね 笑)
ここ単なるポジティブシンキングではなくて
「自分では抗うことができない大いなる力」の存在をどれだけ信じ、信頼できるか?がkeyですね。
こんな話をしていて「不思議の国のアリス」のチェシャ猫の1シーンを思い出しました。
迷うときにはいつも脳裏によぎるシーンでもあります。

“Cheshire puss,Would you tell me, please, which way I ought to go from here?”
「すみませんが、私はここからどっちの道に行ったらいいか教えてくれないかしら?」
“That depends a good deal on where you want to get to.”
「それは、どこへ行きたいかによるよ。」
“I don’t much care where”
「それがよくわからないの」
“Then it doesn’t matter which way you go.”
「なら、どっちの道を行こうと同じさ」
“Oh, you’re sure to do that,”
「どこかへ着ければいいの」
“if you only walk long enough.”
「そりゃ、着くさ。着くまで歩けばの話だけどね」
チェシャ猫キビしいーーー! 笑
でもこの「どっちの道を行こうと同じさ」と、
「着くまで歩き続ければ、どっかには着く」のセリフは、迷うとき私の背中を押してくれるんです。
今年の夏休みももうすぐ終わりですね。
子供たちの長期休暇の期間は、私も仕事をセーブするのでお気楽に遊んで過ごすのが恒例ですが。
今年は亡くなった祖父の37回忌で、東北~関東の親戚が盛大に集まり。
(私の両親は岩手県出身)
あんまり自分には記憶がなかった、当時(37年前)の
「そうだったんだっ?!」を、知る機会があったり。
実父が突然に!心臓発作を起こし…入院したり。
いろいろな感情が入り乱れる、いつになく気ぜわしい夏休みだった気がします。
まぁ、海やらなんやら、遊ぶこともちゃんと充実していましたけどね 笑
父が入院した時に母が、ぽそっとつぶやいた言葉。
「こうやってある日突然に、さよならって…やってくるものなのね。きっと」
これを聞いたときにふっとワンセルフカードの「縁」が頭に浮かびました。
究極の人生操縦方法は2つ
縁を大切にする
そして、別れが来ても悲しまない

別れはね。悲しいですよ。
絶対悲しくないわけはないんだけれど。
もしも
「今度、機会があったら謝ろう」
とか
「タイミングがあったら、伝えよう」
なんて
「いつか」を待っていることはありませんか?
その「いつか」
…実は、もう二度とないかもしれませんよ?
先がどうなるか?は…神のみぞ知る。
「いつか」を待っているなら「今」でもいいはず。
「今」会うことができる人に「会いたい」時には会いに行こう。
伝えたいことは、恥ずかしかろうが、なんだろうが、伝えよう。
もしかしたら、もう二度とその「機会」はないのかもしれないのだから。
「縁を大切にする」
目の前に居て、触れあえるお互いが共有できる時間を大切にする
「そして、別れが来ても悲しまない」
別れはいろいろな形でくる。
喧嘩別れ(自らの意思で別れる)
環境の変化(会えない環境。自然と時間が合わなくなる)
死に別れ…。
どんな「別れであれ、悲しくないわけはないけれど。
後悔だけはしたくないな。
今日、ある人と話をしていて「ふっ」と・・・
父の入院の時に、感じたことを思い出しました。
まぁさ~。
つまるところ、やっぱり「自分」を整えていれば、自ずと周りも整えられて行くんだよね。うん。
夫婦(パートナー)の波動の法則
094970斎藤一人・田宮陽子 晴れになっても 雨になっても 光あふれる女性でいよう!より
あのね…
なぜかわからないけれど…
「自分には価値がない…」
と思いこんでいる女の人っているんだけどね
実は、「その思い」(波動)が
パートナーをダメにするんだよ。
どういうことかっていうとね…
たとえば、あなたがずーっと憧れていた
プロ野球選手から…
「結婚してください!」
ってプロポーズされたとするよね。
あなたは
「こんなの夢みたい!」
って思いながら、
喜んでプロポーズを受けるでしょう。
そこまではいいんです。
それで問題は、「結婚した後」なんだよ。
「自分なんか、つまらないオンナだし…
どうして、あんなにすごい人が
こんな私を選んでくれたのかしら…」
と思っている女の人は…
一生懸命、
野球選手であるダンナに
尽くそうとするんです。
ダンナの栄養管理をしたり…
料理教室に通って、
めずらしい料理を作ったり。
とにかく
ダンナの顔色をうかがって…
「もっと尽くさなきゃ!
もっと尽くさなきゃ!」
と思ってる。
でもね。
これをやればやるほど…
ダンナさんは奥さんに、うんざりするんです
その上、ダンナさんの横に
いつもへばりついてて…
「私は、もっと尽くさないと価値がない…」
という波動を出してると…
その「価値がない」と思っている波動が
ダンナさんにうつってきて…
ダンナさんが
バッターボックスに立っても
球が当たらなくなったりする。
そういう
マイナスな影響を
ダンナに与えてしまったりするんです。
では、どうすればいいかと思うかい?
この逆をすればいいんです。
自分のことを
「すっごい、いいオンナ」
だと思い込めばいいんです。
「私みたいな、
すっごいいいオンナと
結婚できたあんたは運がいい!」
いつも、こう思っていればいいんです。
料理がニガテだったら、
料理なんて、作ることなんかありません。
プロの栄養管理士に、まかせればいいんです
あなたはオシャレして、
いつもきれいにして…
「私は、すっごくいいオンナ!」
「私は、すっごく運がいい!」
と思っていればいい。
その「価値のある波動」が
ダンナにうつってきて…
ダンナがバッターボックスに立つと
なぜかホームランを
バンバン打てるようになる。
「夫婦(パートナー)の波動の法則」
って、こういうものなんです。
ためしに、
結婚してから
成績がぐんぐん上がっている
野球選手の奥さんを見てみてください。
みんな、すごく自信があって
強そうでしょう(笑)
「自分には価値があるんだ!」
っていう波動を出すことが…
自分も相手も、
本当に幸せにするんです。
「こんなに心配してるのよ!」というエゴ。
昨日、今日と開講したカラーセラピスト講座の中で、私がクライアント役になった時に内観して気づいたことです。
まぁ…気づきというか…ちゃんと知っていた(つもりだった)ので「思い出させられた」というほうが正解ですね 笑
「テーマ」にしたのが「息子たち」。
自分ごとには今、な~んの心配や課題は思いつかなかったので。
「気になること」と言ったら子供たちのこと…かな?
という、ざっくりしたテーマでセッションの練習相手をやりました。
何の気なし…だったのですが。
最近「やっちゃん、これってどう思う?」と、ある人に質問された内容とも被り…。
私も!今一度!気をつけなきゃいけないことなんだろな~と、認識させられるきっかけとなりました。
「あなたのことが心配なのよ!」と息子たちに言いながら…ね。
本当は、じ・ぶ・ん・が!心配することによって「不安」になることが嫌なんですよ。
子供たちが、苦労することを母として!経験ある大人として阻止しよう!としているのだ。あなた達のためだ!と正当化して。
「心配しているのよ!」というもっともらしい【看板】を掲げて「こうしたほうかいい!」とか「それで大丈夫なの?!」とか…。
せっせとアドバイスや「正解」を導くようなことしてしまっているけれど。
これって、私の単なる「エゴ」なんですよね。
子供たちが私の安心する状態になれば、わ・た・し・が!
安心できるから…その状態へ導こうとしている。
要するに子供たちをコントロールしようとしている。
わ・た・し・が!不安で不快なメンタル状態から、ただ解放されたいだけ。
子供たちの「あのね…聴いて」という近況報告に。
「そっか~そうなんだ~」と、ジャッジやアドバイスはせず。
だただた聴く、聴き役に徹しよう。
(していたつもりだったけどね。だめね~私 笑)
その時々で子供たちに起きてくる課題は、彼らの人生に与えられた必要な練習問題。レッスンなのだ。
その答えを、たとえ経験上知っていたとしても。
それを教えることは「愛」ではないよね。
「母ちゃん…これってどうしたらいいかな?」と意見を求められたときは「ヒント」をあげたらいい。
心配すること」によって起きる、「不安」という不快感情を、わたしは「自分のもの」としてちゃんと引き受けて。
基本「自分が健やかで元気でいられる」ことにフォーカスして、そこにエネルギーを注げばいいんだ。
私は私の面倒をしっかりみればそれでいい。
私がご機嫌で、しっかり安定していれば、結果的に身近にいる家族も共鳴を起こして安定していくはず。
やっぱり、なにごとも「自分」を整えることがまず大事だよね!
画像は、今日のカラーセラピスト講座のセッション練習で、私が選んだ4色です。
色彩心理のわかる方~勝手にリーディングして笑ってくださいませませ 笑
画像色わかりにくいですけどC – Y – Li – Coです☆
行ってらっしゃい
行ってきます
ただいま
お帰りなさい
言葉の霊力
日本語っていいなぁ^ ^
心を込めて言おう
セルフセラピーカードの学び2日目終了。
とにかく興味深く!面白い!
カード自体の芸の細かさもさることながら。
講師「中本 雅子」の独特な世界観から語られるカードの読み解きが深い!し、沁みるのです。
「子供の頃に好きだった物語の主人公」の物語を自分が生きているかもしれない…。よ?
そんなちょっとしたワークにも。
散々今まで「自分を知る」ことをしてきた私も「気がつかなかった意外な自分」に新たに出逢えたり。
本当に!「自分」というものの本質に触れることのできる、質の高いセミナーです(^^)
心理に触れる立ち位置の人はみんな受けたらいいのに!って本気で思います。
続きは、1ヶ月後にまた長久手で♪
いつも雅子さんとのサヨナラは本当に寂しい気持ちになるのだけれど。
「またね!」の約束は優しいね^ ^
次のワクワク感で「ありがとう!お疲れ様!」とお見送りしました。
ちなみに…
私の子供の頃に好きだった主人公は「ゲゲゲの鬼太郎」 爆!
リメイクされてアニメ化された安っぽい【正義の味方!】の鬼太郎じゃなくて!
昔の「自業自得さ~。人間なんてどうにでもなれ~」っていうクールでシビアな鬼太郎が大好きなのです(^^)
ここに「私」の光と影が… 笑
セルフセラピーカードは、単にヒーリングという位置づけでなく、ビジネス書にも紹介される、実用的なカードなんですよ~♪



最近のFBは1年前の投稿をユーザーに教えてくれるのね^ ^
1年前の私は、仲間とイベント開催していたんだな~。
この写真の中にいる仲間の1人が、今日、長い道のりの旅にでます。
(FBに表示されたのはきっとシンクロニシティ~意味ある偶然ですね 笑)
ここにいる誰もが(本人でさえも)この1年後、このような展開になるとは思ってもみなかった。
そうやって思うと、普段、色々なことを想像して、先の期待や不安にあたふたしたり、なんだ~かんだ~と計画を立てたりするけどさ 笑
先のことなんて本当にどうなるかなんてわからない。
自分の気持ちですら、どう変わるか?なんて全然分からない。
たからただ、やっぱり「今 ここ」を精一杯、味わって、丁寧に積み重ねていくしかないんだよな~。
さっ!ごちょごちょ感慨に浸るのはこれくらいにして^ ^
今日は仲間の旅立ちを見送りに行ってきます♪
いい天気になりそうで良かった^ ^
皆様も良い1日を